教師の向上心が向上しないワケを解説します。
どうも
sho-ichです。
ちょっと喧嘩腰というか、攻撃的なタイトルですが、自分自身も教師ということで教師批判ではないので悪しからず(⌒-⌒; )
ただ、「学校」という組織の限界というか、そこについての疑義は呈していますので、ご了解いただける方のみお読み進めください。
僕は約10年民間企業で営業をしていました。
勤めていた企業は1社ですが、商社ということもあり、メーカーから卸売、小売まで様々な企業と仕事をしてきました。
また、現在は私立の学校に勤めていますが、営業時代は教育委員会や学校をメインのエンドユーザー(商社なので必ずしも直接取引しないので)としていたので、公立私立問わず、また様々な自治体の学校とも仕事をしてきました。
なので、もちろんキチンと調査をしたり、統計をとったりしているわけではないので明確なエビデンスの用意はありませんが、
1社と1校を単純に比較しているわけではないつもりではあります。
学校で仕事をするようになり、頭を悩ませてきたことは、以下のような点です。
・指示があるまで新しいことをやらない
・新しい指示があるとまずは文句を言う
・非難されない程度には仕事をするが上司に感激されるように仕事をすることはない
※ただし人によるが生徒や保護者に感激されるように仕事をする人はいる
・自分から業務上の課題を見つけて改善するための仕事をしない
・仕事が多いと不満は言うが仕事を減らす努力はしない
これらはあくまでも自分が直接見てきた事例に過ぎないので、全部は当てはまらないと思いますが、まとめるとこういうことす。
・生徒や保護者のための努力はするが
・自分の業務やひいては組織の改善のための努力はしない
生徒や保護者のため、一生懸命働く気概はあるんです。熱意もある先生が少なくありません。
しかしながら、
自らの立場や環境をより良くしようとする向上心のある人がやけに少ないのです…
正直、生徒への授業の質を上げようとか、新しい授業のしかたを模索しようという向上心がある人も必ずしも多くはないと思います。
※業者としてたくさんの教育委員会と一緒に新しい教育システムの導入をしてきましたが、どこの教育委員会さんも「キーマンとなる先生がいる学校から整備しないと活用されない」ということをおっしゃっていました。
「自分のやり方で」頑張りたい人は多いが、新しいやり方を受け入れてでもより効果的なもの、より良いものを模索したいという人は決して多くないという印象です。
僕の学校は私立なので、少子化となり私立公立含めた他校との競争が激化する中、いかに生徒を集めるか、それも大変な課題です。
特に現在は大学入試制度改革や指導要領の改定など、ただでさえ変化を余儀なくされています。
民間出身者としては、この変化に乗り遅れたら下手したら潰れるし、むしろ先んじてこの変化に対応したサービス(教育)を仕掛けることで、少子化社会の中でむしろ地域を代表するような学校になれるのではないか!
とさえ思うのですが、
職員の多くは兎角受動的なのです。
「ただでさえ色々と変化に対応しないといけないのに、なんで余計なことやるの?そのやり方が間違ってたら二度手間なんじゃないの?」
そんな感じ…
そんなわけで、僕はこれまで
学校の先生ってヤツはなんて危機感が無いんだ…
これが俗に言う「教師の常識は世間の非常識」というやつなのか…
これからの社会を担う子どもたちを指導するにあたって、
教師が社会の(市場経済の)常識、一般的なビジネス感覚を持ってなくてどうする!!!
と、
職員の認識の甘さや資質を憂うような考えがありました…
しかし
それは必ずしも適切ではなかった
と、最近は考えるようになりました。
教員は当然様々な知見を有していますし、
実際に企業で働いた経験は無くとも、十分にその世界でも通用する資質を持っていないわけがないのです!
では、
なぜ教師の向上心が発揮されないのか?
それは、職場としての「学校」の体質に問題があったのです。
これはあくまでも、
ミクロ視点というか、あくまでも教師という職業の一人間の視点から見た場合ですが、
教師は自分自身の仕事や組織を、自ら変えることができる、という「コントロールできる感」をまったく感じられない職場に留められているのです。
例えば異動。公立の学校の場合ですが、ある程度の期間が過ぎると、ある一定の範囲の別の学校に異動します。
企業であれば、ある社員を異動させるのには意図があります。新しいプロジェクトを推進するため、新規開拓をするため、など、その人材のチカラを活かせるように配置しますし、他の拠点から転勤してきた同僚に対して、その人がどのくらいの実績を持っているのか、また、何を期待されているのかを共有しています。
異動は、ただの異動ではなく、
キャリア形成の1つと捉えられます。
そこでの実績がまた評価され、必要であればまた異動して適切な部署に配置されます。
しかし公立学校の異動は大部分がそうではありません。そもそも学校は校長や教頭以下一般の教諭は基本的にみな横並びの立場です。
学年主任だとかさまざまな分掌などありますが、上司と言われる立ち位置とは異なります。
異動しても、管理職なにるわけでなければ、明確な権限が付与されるわけでもなく、一教諭として、担任を持ったり生徒指導をしたり、前の職場と同じことの繰り返しです。
一方で職場の風土は学校(というか校長、この人もだいたいが異動して校長から校長として横からスライドしてくる。)によって異なるので、
一からまた人間関係を再構築したり、風土を覚えたりします。
そもそも学校運営の責任は校長が持っており、基本的に校長が決めます。もし仮に校長に評価されて自分で改革を提案して取り入れられたとしても、また校長が変わるとそのやり方は終わります。
また、その校長が評価してくれて、県の教育委員会に行ったり、戻ってきて校長になっても、なったらなったでまた、色んな学校を校長としてスライドしていくだけです。
そうしている間に定年です。
結局、
教師は教師を続けていても
その自治体(市や県)の教育改革を行うことはできないのです。
できても学校改革。
改革しても異動したら終了。
(校長になるとなおさら同じ学校に長くはいれない)
そりゃぁ、
結局どうやってもできないとわかっていることに向かって、
努力するやつはいないわなぁ…
と思いました。
向上心が無いんじゃなくて、
それより上には一本たりとはしごがかかっていない環境で飼われているんだと気づきました…
でも、
やっぱりそんな生き方しかできない世界の常識はリアルな外の世界には通用しないし、子どもたちのためにも、教師が自分たちで自ら地域の教育を変えられるような教育行政の仕組みが実現できたらいいなと思う…
まぁ、
幸い僕は私立の学校なので、
それができる。
頑張ろっと!!